日曜日の食卓で

とりとめなのない話が書かれていると思います

君はやさしい人だね

 昨日も今朝も快晴で、それはもちろん、悪いことではない。ただ昨日の午後、舞台準備にいそしむステージの搬入口から晴れ渡った空を見たときに、こう思ったのだ。これはいったいどういうことだ。つい先週までストーブをつけた朝があったことや、ぐずぐずと冬の匂いが続いていた一連の五月の日々、そしてまだ、払いきれない重税のごとく積もっていた雪、雪、雪たち。そんな景色や時間、季節の表情は、この晴れ渡った6月の空の駐車場にはどこにもない。これはいったいどういうことだ、いったいどこへ消えてしまったのか。
「馬鹿ねあなた、何を言ってるの」と優しい人ならそう言って、くれそうな気がする。

この曲を聞くとギッチョンを思い出す。色んな曲を聞いたね。

 カーテンを閉じない窓からの陽射しで目覚めた午前五時、前日までの疲れを取り戻すことは出来ず、二度寝の海にもぐりこんだ。そして午前七時前の朝の光が、二度寝のめざめがもたらすもったりとした後悔の念を、夏の日の雲の影のように、くっきりと浮かび上がらせた。そんな心の描線がたわむれに描いたのは、麗美が歌う名曲「青春のリグレット」でした。

 この、思い切り80年代なアレンジはぼくの好みではない。何だか当時はこんな音づくりの曲があふれていたような気がする。Youtubeが映しだした信号待ちの映像は、もしかすると80年代の東京の街角かも知れない、女性の服装が古臭く見える。この曲もこの風景も今はもうない。歌詞もまた失っていく人の後ろ姿を描いている。そんなことを想起する内に胸が痛くなって、音楽を止めた。

タロットカードとリーディング

 タロットカード?
「煩悩百八つじゃ足りないわ」「何でそれ自信たっぷりな物言いになるかな」「当たり前じゃないもうたまんないわよ」「あんなに偉そうな人だと気づかなかったわ今まで」「売れ残ったらだってさー」「たまんないわー」そんなある夜のテーブルでの会話が、どうしたことかタロットカードにたどり着いた。「タロットカード?」
 今まで占いに興味を持ったことはほぼなかった。例外は手相かせいぜい星座ぐらい、この二つなら人並み程度にはリアリティを感じることが出来る。しかしタロットカードにはちょっと……と思っていると、タロットカード占いを説明する相手の口から「リーディング」という言葉が出てきた。リーディング(読解)? ようするに、現れたカードが象徴する意味を読み解くことを「リーディング」と言うらしい。僕が知っている占いの結果というものは、解釈や変更の余地のない決定的なものだと思っていたのだけれど、タロットカード占いのそれは少し違うらしい。へえ……面白いね。
 占いの結果がリーディング=解釈に委ねられているんだねタロットカードは。というか話を聞いていると、そのリーディングそのものがタロットカード占いの面白さなんだねきっと。例えば教えてくれた「タイム・アロー(時間の矢)」という占いは、現れるカードの順に過去・現在・未来を意味している。その3枚のカードのつながりからリーディングすることになる訳だけど、その3枚のカードを前にして答えを出そうとする心の働き、それってストーリーテリングと同じ心持ちなんじゃないかな。
 めくられたカードと、そのカードを読み解く自己、偶然が導き出したカードを通じての内省的な対話。22枚のカードから選ばれた1枚のカードが、私にとってどんな意味があるのか。何故あのカードではなくこのカードなのか。ちなみにタロットカード占いのルールとして「同じことを何度も占わない」と鏡リュウジ著「はじめてのタロット」には書いてある(48ページ)。選ばれてしまった1枚のカードはテーブルの上に、生まれ落ちてしまった1人の私は人生の上で、偶然性と一回性を通じてカードと人が結ばれる。

えんがるのふくろうカフェで今日

 いつもお世話になっている素敵な二人組ミュージシャン・やーるーずが切り盛りするカフェ「ふくろうカフェ」に、中村 中のライブ周知のため行って来た。開業したての頃はたしか夜が不定期営業と耳にしていた気がして、土日のイベント時ぐらいしか伺えなかったけど、深煎りの珈琲「ひだまりブレンド」をいただきつつ話を聞くと、今はしっかり夜も営業しているとのこと。これはありがたい、すでに夜叉丸君が食したひだまりカレーも、メインの沖縄料理もまだ食べていないのだ俺はありがたいありがたい。
 そのふくろうカフェで今日、沖縄を舞台にした映画「スケッチ・オブ・ミャーク」が15時と18時の二回上映されます。もちろん私も未見なので、公式サイトの紹介記事を。

鳴り止まない拍手と歓声。スイス、第64回ロカルノ国際映画祭での快挙。
グランプリに次ぐ「批評家週間賞 審査員スペシャルメンション2011」を受賞。

 沖縄県宮古諸島。ここに沖縄民謡と異なる知られざる唄がある。それは、厳しい島での暮らしや神への信仰などから生まれた「アーグ」と「神歌」だ。その唄は宮古諸島に点在する集落の中でひっそりと歌い継がれてきた。特に御嶽での神事で歌われる「神歌」は、やむことのない畏敬の念をもって、数世紀に渡り口承で熱心に伝えられたものである。
 ことは音楽家久保田麻琴が、島でそれら貴重な唄に出会ったことに始まる。本作は、その唄を生んだ人々の暮らしを追うなかで、失われようとしている根源的な自然への怖れと生きることへの希望を見出したドキュメンタリーだ。監督の大西功一は、秘められた島の神事を追い、生活と信仰と唄がひとつだった時代を記憶する最後の世代である老人達を温かく見守りながら、かつての島の暮らしをスクリーンに鮮やかに浮かび上がらせた。
老婆達が神唄を歌う時、不思議な懐かしさがすべての人々の心を打つ
 ミャークには、今まさに失われようとしている大切な「記憶」がある。老婆達は語る。かつて厳しい生活と信仰と唄が切っても切り離せないひとつの時代があったことを。そして今も老婆達の心を映すかのように、この島の御嶽では、神事の火が数百年に渡り人から人へと受け継がれ、神女達が生きる願いとともに「神歌」を神に捧げている…。2009年、九十歳を超えた車椅子の老婆達が島を出て東京へと渡る。コンサートホールの舞台に立ち、禁断の神歌を歌うために。満場の観客を前に彼女らは力を振り絞り、歌う…。ミャークの老婆達が歌い継ぐ神歌に触れられた貴重な機会は、おそらくこれが最初で最後となるであろう…
【沖縄宮古島
東京から南西に2040km、沖縄本島から南西に310km、台北から380kmのところに位置する人口およそ5万5千人の島。
霊場である御嶽での神事は、島外の者には容易く触れることのできない神聖な行いとされてきた。
また、薩摩支配下琉球王府によって1637年から1903年まで課せられた「人頭税」のため、人々は塗炭の苦しみを 味わったとされる。

2011年8月、第64回ロカルノ国際映画祭、批評家週間部門に歴代初の日本映画として正式出品。世界から選出されたドキュメンタリーの秀作が並ぶなか、上映後、もっとも熱い拍手と喝采の声を受け、グランプリに次ぐ「批評家週間賞 審査員スペシャルメンション2011」の栄誉を受けた。

 単純にMusic Loverの皆さまとしては、アジアや太平洋諸国・民族の音楽、ざっくり言うとワールドミュージックに造詣の深い久保田麻琴氏が音楽監修を務めているというところでビビットに反応されるのではと思います。加えてライ・クーダー「わたしはミャークの老人たちが羨ましい。小さくても、こんなに完全で幸せな世界を持っているのだ。汚れた世の中なんて気にかけたこともないだろう。彼らの表情を見て、このイカしたファンクを聞けば判る。ミャークはきっと最高のところだろう。賭けてもいいよ」とコメントを寄せているのだから、どんな内容なのか触手が動きますね。しかも今日の上映会には大西功一監督もお越しになるという……ありえん。ありえないぞふくろうカフェ!
 一連のライブといい木楽館でのまちカフェといい、近場の遠軽でこういうイベントを体験出来るとは……小生微力ながら全力でふくろうカフェを応援します。いや普通にここの珈琲は美味しいから(たぶん北見でも紋別でも飲めないよ!)みんな行くといいさ!

かわいいキャラが歌に乗せて死にまくるメルボルン鉄道公式のアニメムービー「Dumb Ways to Die」


 というタイトルのページを今更ながら"Gigazine"で見つけてしまいましたので紹介します。Dumb ways to Die=くだらない死に方、という意味なんですが、どういう理由でこんな作品が作られたのか、当該ページで紹介記事を読みながら鑑賞すると良いですよ。公式サイトもあります。なんか、いいセンスしてますね。
 いや今日はちょっとネタ切れ感が否めないですね、申し訳ない。誰に謝っているのかわかりませんが、だが裏にはiPhone導入への布石という意味合いもありそうだ。

夜の歌、ふたたび


"Life is very short, and there's no time for fussing and fighting, my friend.
I have always thought that it's a crime, So I will ask you once again."
 歌詞全文を書こうと思いましたが、ジョンが作詞したと言われているこのフレーズ「人生は短いんだ、くだらないことで喧嘩してる暇なんかないよ」「そんなのは馬鹿げていると思っていたよ、だから君にもう一度試してほしいんだ」だけで、この曲のすべてを表しているんじゃないかと思います。この曲全体は主にポールが書いた曲なのですが、サビ以外の歌詞をざっくり読むと、ポールが恋人のジェーン・アッシャーに自分の浮気をごまかそうとしているような気がしてきます(間違いでしょうが)。
 それはともかくとして、この曲も以前紹介させていただいた名曲 “会ったとたんに一目惚れ”と同様、夜に聞きたくなる曲であります。ジョージお得意のヴァイオリン奏法のギターと、歌詞と同じくジョンが導入したといわれるサビの三拍子とあわせて、どことなく優雅で淡い哀しみさえたたえた佳曲であります。
 こう書いてみるとビートルズにはこの「夜の曲」と呼びたくなるような名曲が多いような気がします。いずれ定期的に紹介させてください。まったくそうですね、人生なんかあっという間ですよ本当にね。*1

*1:追記:ヴァイオリン奏法ではなく、たぶんアコーディオンです。失礼しました。

最近「Yahoo個人」を読む機会が増えました

 最近ここでも引用することの多いやまもといちろう氏の文章を読むために、自身のブログとは別に記事を書いている「yahoo個人」もちょくちょく見るようになりました。おかげでやまもと氏以外の記事にも目を通してしまう次第。いいですね、こういうのって。

「Yahoo!ニュース 個人」スタート 個人の書き手が記事を直接掲載、収益シェアも
 ヤフーは9月26日、「Yahoo!ニュース」の新コーナーとして、ジャーナリストやブロガーなど個人が直接記事を入稿し、Yahoo!ニュース読者に届けられる「Yahoo!ニュース 個人」をオープンした。まずは政治、経済、ITなど各ジャンルの書き手約50人が参加。ページビュー(PV)に応じて広告収益をシェアするなど、「個人の活動を支援する場を作る」としている。
 Yahoo!ニュースに「個人」カテゴリを追加。「トピックス」「雑誌」などと並んで「個人」のタブを新設し、個人が寄稿した記事が読めるようにした。個人の記事は、Yahoo!トピックスに掲載したり、トピックスやニュース記事の関連記事としてリンクを貼るなどし、ニュース読者が読めるようにする。
 書き手は「オーサー」(Author)と呼ばれ、ユーザーページから記事を随時、入稿できる。オリジナルの記事を書けるほか、ブログに掲載した記事をコピーして掲載するといったことが可能だ。記事のページビュー(PV)に応じて、広告収益の一部が支払われる。
 オーサーは、Yahoo!トピックス編集部が中心となってピックアップ。当初は、前週刊朝日編集長・山口一臣さん、元NHKの解説委員で科学ジャーナリストの小出五郎さん、慶応義塾大学大学院教授の中村伊知哉さん、ジャーナリストの佐々木俊尚さん、ブロガーのイケダハヤトさんなど約50人が参加。順次増やしていき、3年後に1000人程度を目指す。(ITmediaニュースより)

 形態としてはBLOGOSあたりが近いと思うのだけど、あちらはやや玉石混淆度数が高く、yahoo個人の方に一定のクオリティを感じます。なので読みやすいと思いますよ、今朝のトップページには石川温さんの有料メルマガ記事孫社長、通信障害1時間58分は『たまたま』」と弱攻撃的なタイトルが出ていて微笑ましかったですよ。
 書き手の持つ専門性や他にない視点を提供してくれるこういったサイトは、情報過多にすぎるネット、というか通常のテレビ新聞なんかのマスコミも含めて、そういった情報環境において、昨今のキュレーションーブームやGunosyなんかのサービスと同様の情報整理の機能、フィルター機能を担っているんでしょうね。ってなんだよこのまとめ方。
 追伸:この記事の下に出てる写真付き広告、例えば右角上あたりにばならいのかしらん。