日曜日の食卓で

とりとめなのない話が書かれていると思います

我はドン・キホーテ ラ・マンチャの郷士

 発端は、深夜のYoutube地獄のとば口で聞いた新妻聖子だった。*1

 彼女の名前を耳にした事がある、という程度の知識だったけれど、この「ラ・マンチャの男」を歌う彼女を見てすっかり心惹かれてしまった。歌が上手いのはミュージカル女優なのだから当然としても、歌うその表情を観るだけでも心躍る。こちらの目を離させない力を感じた。
 しかしここからが迂闊な話なのだが、この曲「ラ・マンチャの男」のタイトルは知っていたが、それがあの「ドン・キホーテ」を元にしたミュージカル作品の曲だとは全然知らなかった。
 名作の誉れ高くその長大さ故読まれる事も稀な「ドン・キホーテ」だが、従者サンチョ・パンサを従え風車に突進する逸話は、一度として読んだ事のない私でも知っている。騎士道文学を読みすぎて物語と現実との区別がつかなくなった主人公ドン・キホーテwikipedia次のように紹介する。

ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ
本編の主人公。本名アロンソ・キハーノ。もとはラ・マンチャのある村に住む郷士であったが、騎士道物語の読み過ぎで現実と物語の区別がつかなくなり、遍歴の騎士として世の中の不正を正すために旅に出る。自分をとりまく全てを騎士道におきかえて認識して暴れ回り次々とトラブルを巻き起こすが、騎士道に関係しないところではいたって理性的で思慮深い人物。もっとも尊敬する騎士はアマディス・デ・ガウラである。二つ名は「憂い顔の騎士(渋面の騎士)」もしくは「ライオンの騎士」。

 このドン・キホーテの「騎士道に関係しないところではいたって理性的で思慮深い人物」という描写が、病者の病者たる所以を表している。こういうキ印の歌としてあらためて「ラ・マンチャの男」を聞くと、特にその歌詞はいっそう滋味溢れてくる。強い意志とその意志が導き出す理想が他人にとって妄想の所業にしか思えない、という現実。風車に突進する逸話は笑い話から苦い寓話へと本性を現す。

Hear me now oh thou bleak and unbearable world. Thou art base and debauched as can be.
 よく聞け 荒れ果て汚れきった世の者ども 堕落しきった者どもよ
And a knight with his banners all bravely unfurled. Now hurls down his gauntlet to thee!
 ひとりの騎士が勇ましく旗を掲げ 貴様たちに戦いを挑む
I am I, Don Quixote, the Lord of La Mancha. Destroyer of evil am I.
 私がドン・キホーテ! ラ・マンチャの領主 悪を滅ぼす者
I will march to the sound of the trumpets of glory.
 永遠の勝利か または死か 栄光のファンファーレとともに行かん
Forever to conquer or die Hear me heathens and wizards and serpents of sin.
All your dastardly doings are past.

 聞け 異教徒 魔術師 そして悪魔どもよ もう貴様らに卑劣なことはさせない
For a holy endeavor is now to begin. And virtue shall triumph at last!
 さあ聖なる戦いの始まりだ そして美徳が大勝利を収めるのだ
I am I, Don Quixote, the Lord of La Mancha. My destiny calls and I go.
 私がドン・キホーテ! ラ・マンチャの領主 世界中がこの名を知ることになる
And the wild winds of fortune will carry me onward. Oh whither so ever they blow.
 運命の風にまかせ 私は流れてゆく どこであれ その風が吹くところへ
Whither so ever they blow. Onward to Glory I go.
 どこであれ 私は栄光に向かって進む
I am I, Don Quixote, the Lord of La Mancha. My destiny calls and I go.
 私がドン・キホーテ! ラ・マンチャの領主 世界中がこの名を知ることになる
And the wild winds of fortune will carry me onward. Oh whither so ever they blow.
 運命の風にまかせ 私は流れてゆく どこであれ その風が吹くところへ
Whither so ever they blow. Onward to Glory I go.
 どこであれ 私は栄光に向かって進む

 私はドン・キホーテにも騎士道物語にもまるで詳しくないが、この歌詞が言わんとするメッセージが普遍的なことはよくわかる。アニメマンガ特撮ヒーロー物戦隊物時代劇ウエスタンマカロニウエスタン刑事物ダーティーヒーロー、幼子から年老いた者まで、人と呼ばれる誰もがいつの時代も世の不平を憂い嘆き、空想の中で己が正義の刃を持って立ち上がる。「よく聞け、荒れ果て汚れきった世の者ども。堕落しきった者どもよ!」Twitter2ちゃんねるで増田で竹島尖閣諸島沖ノ鳥島で自らがドン・キホーテであることに気づかず叫ぶキーを叩く「聞け異教徒、魔術師、そして悪魔どもよ! もう貴様らに卑劣な事はさせない!」
 そんな風に思いを馳せると、そもそもこの世に一度として「美徳が大勝利を収める」ことなどあったのか、信じられなくなる。
 だから「わかりあえないのが当たり前」と、そう思っておこう。

*1:すっかりその美声に魅かれてwikipediaを調べたら、この方のお姉さんが、以前ここで紹介した新妻由佳子さんと知ってちょっと驚きました。