日曜日の食卓で

とりとめなのない話が書かれていると思います

また約束は破られた

村上春樹の近作「意味がなければスイングはない」にプーランクピアノ曲が紹介されている。とある日曜日の朝のロンドンで聴いた、プーランクのピアノ演奏会の話である。

この演奏会はコンサート・ホールではなく、古い石造りの建物の中でこぢんまりとした広間でおこなわれた。よく覚えていないのだが、たぶん英仏交流協会とか、そういう類いの団体が主催する定例の催しのひとつであったと思う。とにかくすごく小さな、地味で親密な催しだったわけだ。窓からは、四月の日曜日の、朝の光が静かに差し込んでいた。そういういかにもサロン的な雰囲気の中で、コラールはまるで水を得た魚のように易々と、いかにも愉しげに(と見えた)、プーランクピアノ曲を次々に弾いていった。時間的にいえば、こぢんまりとしたコンサートではあったけれど、それは僕にとって掛け値なしの至福のひとときだった
 「意味がなければスイングはない」から“日曜日の朝のフランシス・プーランク”より引用

うーん、いいですね。こういう朝を迎えてみたいものである。そんな四十男のささやかな希望を自宅で叶えるべくタワレコに向かったのは、日曜日の夕刻だった。頭の中のスケジュールでは小一時間ほどの滞在と決めて、お目当てのプーランクピアノ曲集を探したのだが、邦盤洋盤ともにない。声楽集や器楽曲集はあるのだがピアノ曲集は……作曲家別に並べられた棚を補充するべく用意された、一番下に位置する棚も探したのだけどプーランクのアルバムはない。プロコフィエフばかりではないか。
買う予定だったアルバムが見つからないと、予定した時間などすぐさま変更を余儀なくされる。そしてこちらに向けられたジャケットが、新譜の試聴コーナーが、水先案内人を失った者を惑わすローレライのごとくこちらを誘惑しはじめる。
それでもクラシックなら(そして特定のアルバムがほしいのでなければ)、そんな誘惑を振り切る事も出来る。NAXOSがあるからだ。こういった時にNAXOSの作曲家シリーズは本当に心強い。しかも価格は1,000円(消費税別)だ。演奏者だ音質だとうるさい事を言わなければ、希望する作曲家の曲は大概手に入る。

Piano Music 3

Piano Music 3

という訳で手に入れられたのがこの一枚。たしかに村上春樹の書いたとおり、こぢんまりとして、気の利いたピアノ曲が続く。ただ耳に甘いメロディーではなく、といっていたずらに聴き手の耳を騒がせる音もない。好意を受けとった時の気持ち良さを感じとることが出来る、休日のマスト・アルバムになりそうである。しかし、時はタワレコで惑う日曜の夕刻へと引き返えされる。
次の買う予定だったシャンソン歌手・バルバラのアルバム「Barbara Chante Barbara」が(予想通り)ない。そもそもバルバラのアルバム自体が一枚しかない。
Barbara Chante Barbara

Barbara Chante Barbara

このアルバムは和田博巳氏が北見での試聴会で聴かせてくれた奴で、音楽評論家の故瀬川冬樹氏も愛聴したものだという。YG Acoustics"Anat Reference Main Module"はその深い音をしっかりと沈み込んで聴かせてくれた。我が家でもぜひ聴きたいではないか。そもそも白地に薔薇をあしらったジャケットが美しい。しかし、ない。ローレライが微笑む。
ここからが長かった。試聴コーナーで耳をすませ、暗い路地と化した棚と棚の間の通路を迷い、廉価版コーナーで佇み、これと決めたアルバムを手にしてはカウンター前で引き返し……ようやくもう一枚を手にした時にはすでに予定の1時間は超えていた。
A Blowing Session

A Blowing Session

このアルバムは、ジャズ喫茶のマスターにしてジャズ評論家:後藤雅洋の「ジャズ・レーベル完全入門」で紹介されていた一枚だ。ジャケットのイメージから勝手にフリージャズ系だと決めてかかっていたのだが、本文を引用すると「ジャズを頭でなく身体で覚えたいならこいつを聴け。そしてグリフィンの底無しの吹きまくりに驚嘆し、ブレイキーの扇動に乗って興奮しろ」という訳で、ごりごりのハードバップでございました。いやー、いいです。結構あたりだった。