日曜日の食卓で

とりとめなのない話が書かれていると思います

歯痛譚

深夜歯痛に因り眠る事能わず、止痛薬含むも効果無く、口内に冷水含み幾許かの慰み得るも、鈍痛尚も続き終には午前六時迄眠れず。
目覚めて朝七時、既に止痛薬効果切れ歯痛益々痛みを増し苛立ちのみ募り、致し方無く電話にて上司に病状を報告、診察治療の為今日一日の有給休暇を希う。希望叶えられ早速自家用車にて掛り付けの歯科医院へと向かう。
嗚呼然れど本日土日休日明けの月曜日、治療予約者多い事甚だしく、例い今受付にて歯痛を訴えても先からの予約反故には出来ずと女助手困惑の態、致し方なく再度自家用車に乗り新たなる歯科医院探す事と相成る。
この市は勝手知りたる港町なれど、当方の希望に叶う歯科医院など小生の知る故も無く、悪戯に市中を自家用車走らせれば、左前方に愛らしき蟹の図版を掲げし歯科医院の看板ハケーン! すぐさま駐車し受付に飛び込み治療申込めば快く受諾され待合室にて待つ事暫し、髪黄金に染めしうら若き娘と眼鏡眩しき男医者麻酔後忽ち抜歯、麻酔の効果甚だしく抜歯の激痛無く治療は終わりぬ。
然し地獄は此処から也。口中より大量の血を吐き乍も抜歯後の激痛は虫歯の鈍痛より激しく、自家用車運転なぞ適う訳無くすぐさま最寄りの西洋旅館駐車場に駐車、一頻り痛みの収まるを待つ。冷水を含み口中を冷やし、折り畳みた西洋塵紙を抜歯後の跡にあてがい止血試みる内に寝不足故の睡魔不意に襲い車内にて眠る。
目覚めれば窓外には粉雪が舞う昼、既に激痛の頂点は去りぬ。然れど時経ずして鈍痛復帰し、これ即ち抜歯後の腫れに因るものと理性は理解しつつも、恰も抜歯した筈の歯の鈍痛に思われてならぬ。これ幻視ならぬ幻歯と故人も言う(甚だしき虚偽也、為念)。今も膨らみた頬に小林製薬謹製「冷却シート」なる物にて患部付近を冷やし、歯科医院より贖いた歯痛薬を含み小康を得る。
文人坂口安吾曰く「原子バクダンで百万人一瞬にたたきつぶしたって、たった一人の歯の痛みがとまらなきゃ、なにが文明だい。バカヤロー」(「不良少年とキリスト」より)。御説御尤仰せの通り。