日曜日の食卓で

とりとめなのない話が書かれていると思います

「西武新宿戦線異状なし(完全版)」

まさかこのマンガを北見で買えるとは思ってもいなかった(だから amazon のウィッシュ・リストに加えていたのだ)。基礎データを載せておくと、原作押井守、作画大野安之角川書店(角川コミック・エース)刊、定価780円+TAX。「鬼才・押井守×天才・大野安之によるミリタリー業界騒然の最強タッグが挑んだ幻の青春革命大乱闘コミック!!」という訳である。私は押井のことしかよくわからんので、押井周辺のことからこのマンガについてひとこと。

……東京で自衛隊を中心としたクーデターが勃発、都内は「革命政府」の解放区と化し、そこで加わった工作連隊、実は解放区内と外の物資を横流しするバタ屋にしてヤミ屋の男達と行動を共にする内に、革命政府内に所属する美しい女の指揮の元、秘密任務に赴くことになる……というのが「西武新宿戦線異状なし」のストーリーなのだが、ここでは革命政府の政治的背景など語られる事はなく、また熱血に「革命」を信じる丸輪の周囲は「革命」の不毛さを発言・体現するようなキャラクターばかり(革命政府の女以外)、ようするにイデオロギー、政治性なぞ皆無である。ようするにこれはミリタリー好きの少年=丸輪による、丸輪のための「革命」という冒険活劇である。
確かに「革命」という非日常的事態を、そこに加わった一青年の「青春の1ページ」として捕らえるのは極端な規定である。にも関わらずあえて「丸輪による、丸輪のための」と書いたのは、この物語が「丸輪にとっての幻想としての革命物語」だからである。それを如実に現しているのが、マンガ内に描かれる、革命政府外(解放区外)のテレビ番組に登場するアイドル歌手の歌う「ノンノンレボリューション(凄いタイトルだなしかし)」の歌詞作詞が何故か(丸輪零)とされているところにある。何故一介の高校生(しかも解放区に潜入して革命兵士になった少年)が作詞者としてクレジットされるのか(ちゃんとマンガの中にそう書かれているのである)?
…この物語のラストは、手に汗握る冒険=秘密任務を終えた丸輪が、元の日常へ、解放区外へ帰郷した後一高校生としての日常に帰還したところで終わるのだが、わたしはこのラストの後に幻のラスト「……という夢を見た丸輪だった」という「夢落ち」があっても何もおかしくないと思うのである。実に丸輪少年にとって、後悔とはならない日常からの逸脱と、苦痛には満たない悔恨が、甘く切なく爽やかにさえ描かれている。
わたしが思うに、押井の人生にとって決定的だったのは「70年安保に乗り遅れた」という事だと思う。確か70年安保華やかりし頃、押井は「高校生全共闘」だったはずで、目の前の大学生=お兄さん方が繰り広げていた70年安保の争乱を中途半端な部外者として見続けた。たぶん高校生だった彼は、70年安保の争乱にまぎれもなく「革命」を見ていたはずだ(実際「革命」だとお兄さん方は言っていた)。そしてその「革命」が幻想でしかなかった事も、部外者ゆえに冷静な視線で見てしまった人間だ。そういった人間にとって「革命」とは政治的なものではなく、あくまでその非日常性・祝祭性が主眼となるはずだ。ようするに血の騒ぐ対象としての「革命」。その意味での「革命」が、このマンガには非常にストレートに描かれている。
彼が原作を手掛けたのは、小生が知りえる限りでいうとこの「西武新宿戦線異状なし」の他、映画「人狼」と、その背景を微妙に重ねるマンガ「犬狼伝説」(藤原カムイがマンガ化)、映画「Blood the last Vampire」(この映画にはアナザーストーリー物として押井本人のノベライズ版が富士見書房から出ている)なのだが、どれもその背景に安保闘争(もしくはそれに類する政治運動)が登場する。加えて「西武新宿戦線異状なし」とノベライズ版「Blood the last Vampire」には、主人公=狂言回しとして高校生の丸輪零が登場するのだが、この丸輪零は、押井の自己言及映画「Talking Head」の主人公(たぶん脚本には「私」となっていると思われる)の名前でもあり、押井の描くキャラクターの中では一番押井に近い位置に立つ存在でもある(しかしいい名前だよな、丸輪零)。という事から、この「西武新宿戦線異状なし」が、より押井の個人的嗜好に近い場所で作られている事が伺える(逆にもう一つのキャラクター、反革命的と丸輪に揶揄される中年男で連隊のリーダ「カントク」に、「革命」を冷めた視線で見つめるもう一方の押井が仮託されていると思われる)。
ようするにこの「西武新宿戦線異状なし」は、押井個人の嗜好を如実に反映した、ミリタリー好きな少年向けのエンタテイメント作品である。発表媒体が当初ミリタリー系マンガ雑誌と読む対象がはっきりしていたせいか(結局発表媒体は二転三転するのだが)、晦渋を極める押井作品にしては珍しく、非常にわかりやすいものとなっている(逆にペダンチックな会話と苦すぎる悔恨が記された「Blood the last Vampire」ノベライズ版の方がより押井らしくもあり、好きなのだが)。
特にミリタリーファンでもなければもしかすると血は騒がない作品かも知れないが、わたしのような押井ファンは取りあえず押さえておきたい一冊なのである。