日曜日の食卓で

とりとめなのない話が書かれていると思います

映画『ザ・ビートルズ〜EIGHT DAYS A WEEK』を観てきた

 北見のイオンシネマで上映するような作品でもないだろうから、旭川へ行くのはやむを得ない。映画の後に駅前のイオンで買物でもすれば、気分も変わるだろう。塞いだ気分を変えるのにぴったりに思えて、映画『ザ・ビートルズ〜EIGHT DAYS A WEEK』を見に旭川ディノスへ行った。
 見る前に映画の感想を調べてみると、どれもほぼ絶賛の高評価だ。気分を高めようと、移動中の車内でビートルズの1stアルバムを聴きながら(歌いながら)劇場へ向かう。
 早朝最初の上映とあって、それほど観客数は多くない。14,5人程度というところか。
 正直に言うと、思った以上の感動はなかった。まあ、こんなものかな、という程度だった。もちろんジョン、ポール、ジョージ、リンゴの4人が画面で歌を歌っていれば、こちらとしてはそれだけで十分だったりする。曲が流れている間は(歌を歌う訳にはいかないようなので)体でリズムを刻んで楽しんだ。
 ただ映画の構成が、デビューから最後のライブツアーまでのライブ映像が主で、アルバムで言えばサージェント・ペパーズまで、次のホワイトアルバムからははしょって、いきなりルーフトップライブで映画が終わるものだから、ビートルズの公式ドキュメンタリーとしては、正直、食い足りない。キャバーン・クラブ、ハンブルグの苦しい時代から4人が一つになってイギリスを、アメリカを、そして世界を制した、というサクセスストーリーはごもっともな話なのだが、ブライアン・エプスタイン亡き後の迷走、4人の瓦解があってこそ、アルバム『アビーロード』、そしてルーフトップライブの感動があると思っている自分としては、はしょってしまったサクセスストーリーの後が見たい、というのが鑑賞後の感想である。
 まあそれでもビートルズの熱狂がどれほどのものだったのか、というのは嫌というほどわからされた。そりゃ凄かったんだろう。とはいえ、何となく老人の自慢話という感じもしないではない。
 東京とかみたいに劇場でビートルズに合わせて歌ったり歓声を上げたりできれば、もっと楽しめる映画じゃなかろうか。実はこの映画の後に、ニューヨークシェアスタジアムのライブをまるまる上映する二部構成になっており、確かにリストアした映像と音はかなりクリアになっていたのだが(最近やっと出たハリウッド・ボウルのライブCDも、昔と違って良い音になっているのだろう。アルバムで聞いた時の音は、歓声に紛れてかなり聞きづらかった)、こま切れながら見たことのある映像を30分黙ってみているというのは、ちょっと退屈だった(寝不足もあって10分ほど寝てしまった)。
 ビートルズファンであれば楽しめるけど、中期以降の崩壊するプロセスも見たいと思うのではなかろうか。もちろん、演奏する4人を見るだけで感涙してしまうのだが。本当に、何てこの人達は幸せそうなんだろう、と何度か涙腺が弛みかけた。でもビートルズを知らない若い人が見たら「凄かったんだな−」というぐらいしか、思わないのではなかろうか。

雨はむずかしい

 雨が降っている。

 今朝は午前五時すぎに起きた。前日の初夏のような暑さが夜になっても室内に居残り、すぐに眠りつくことができなかった。寝る時に聞いていたドラマCDの科白が、思い出したくない夢のように、浅い眠りの合間に聞こえてきた。そうして、強い雨音とともに目を覚ました。
 朝の散歩は出来ないかな、と思いながら階下へ降り、顔を洗い髭を剃り終えた。今日で四日続けて午前五時台に起きている。早朝に起きる習慣を身につけようとしているのだが、二度寝した日もあった。それでもとりあえず、今日も五時台に起きることが出来た。
 傘をさせば歩けるじゃないか、と思い直して父親の傘を手にして玄関に出ると、雨は止んでいた。ついさっきまでそこにいたんです、と言い訳するように、時おり水たまりの上に波紋が浮かび、すぐさま消えた。暑くもなく、寒くもない、歩くには絶好の曇天。
 運動にもならないほどの距離を歩いてセブンイレブンに着き、ホットコーヒーと無糖紅茶を買う。そして、来た道とは少しだけ別の道を気まぐれに選び、実家へ戻る。来た時には農作業だろうと思っていたのは、町内会の清掃作業だった。六十代と思しき男たちが、歩道を箒で掃いたり、草刈機で雑草を刈り取っている。
 歩道を掃いている男性の前を通る時に挨拶をする。挨拶し返した顔に見覚えがあったが、もちろん、名前など思い出せない。
 しばらくして、歩道橋が近づいてきた。もちろん、登ってみる。三十年近く昔の、学生時代以来だ。眼下を見渡しても、感慨も湧かない。
 ただの曇天。ただの日曜早朝。ただの俺。
 気づかぬほどの雨粒が思い出したように道路に落ちる。入りの悪いクラシックコンサートの終演後のようだった。
 それでも朝の散歩としては悪くない気分で実家に着いた。二階の部屋に戻り、まだ暖かいコーヒーを飲む。そして、雨のことを思う。
 前日の暑さを思うと、雨の到来は心良いものだった。早朝の朝は車の音もなく、騒がしいテレビの音もない。屋根に落ちる雨の音は静かで、どんなピアノ曲よりも心穏やかにしてくれる。今なら、日頃見落としていたことたちを、思い出してやることが出来るかもしれない。それは書くまでもなく、思い出されることもない日々の事柄だが、確かにあったのだ、と。
 第二幕を告げるベルなどなく、唐突に雨は強く降りはじめた。雨音は感傷的なメロディーをかなぐりすて、最初からそうだったじゃない? とでも言うように屋根を無機質に連打し続けた。どんな想念も情感もなく、雨は雨という事実としてのみ存在した。

 雨のことを思う。屋根を強打する現実の雨の音が耳に届く中で、雨のことを思う。確かに手にしていたものを、今も失い続けている。いや、手にしてなどいなかったのかも知れない。手にしていなければ、失うこともない。それが俺の生きる日々なのか。
 そんなこちらの思いなどおかまいなしに、また雨は小降りになる。隣の部屋で泣きべそをかく子どものような雨だ。ただの雨。ただの日曜。ただの俺。お気に入りの結末などない。

それとも、私も献花せねばならないのか

 finalvent 氏のエントリー「そこに神社が建つだろう」を読んで思い出したことを書く。
 北見市郊外の道道7号線を常呂へ向かう途中、数多くの「花」が巻きついた電信柱が立っている。*1
 たぶんこの電信柱のそばで、交通事故死があったのだ。この「花」を見たことのある人なら、誰もがそう思う。この道路には歩道がなくて、路側からすぐに段差があるから、献花する場所がない。事故現場だろう電信柱のたもとに献花しても目につかない。だから、こんな風に電信柱に「花」が飾られているのだ。
 死者の霊を慰めようという人たちの気持ちに棹さすつもりはないのだが、私はこの「花」が禍々しくて好きではない(好きとか嫌いとか、そういう風に言っていいものなのか、躊躇してしまうのだが)。たぶん、その「花」が色鮮やかで数も多いからだろう。車を停め、その「花」のそばにいくと、がさがさっ、と動き出すのではないか。この電信柱を通る度に、そんな気持ちにさせられる。
 いつから、誰がこんな風に花を飾ったのか、もちろん知る故もない。そしていつまでこうしているのか、もちろんそれもわからない。もしかしたら、これから先もずっと、「こいつ」はここでこうして生き続けていくのではないか、そんな風にも思えてくる。死の床へと就くのを拒まれ、成仏できないままに。

「裏切りのサーカス」を観た

「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」で話題になっていた映画「裏切りのサーカス」を観た。

裏切りのサーカス コレクターズ・エディション [Blu-ray]

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 フィクション映画を観たのはいつ以来だ、旭川のディノスシネマズ「ジャンゴ〜繋がれざる者」を観て以来だ、ここしばらく「新しいことなんか何もしたくない」という気分だったから、ようやく映画を観られるぐらいまでには気持ちが前向きになったことになる。
 映像が美しく、舞台となった1970年代のロンドンの風景にはただそれだけで心癒される。また宇多丸氏も言っていたとおり、登場する男たちの服装の良さったらない。仕立ての良い背広を隆として着こなす男たちには、同性でさえもため息がでる。あとアルベルト・イグレシアスの音楽が良かった。
 監督は「ぼくのエリ 200歳の少女」のトーマス・アルフレッドソン、これは「ぼくのエリ…」も観たくなってきたね。appleTVはリクエストしたらすぐ視聴出来て、こんなにスムーズに観られるなら、TSUTAYA DISCAS 辞めてもいいかなって気がした。

昭和88年夏の敗戦

 去年の4月から毎週日曜日の午前中までに更新して来ましたが、ついに今日はこんな夕方の更新になってしまいました。夕方なのにまだ暑いです。シャワーを浴びても汗が噴き出てきます。あまりの部屋の汚れに掃除をせねばと思うのですが、あまりの汚なさに意志が折れてしまいそうです。いま少し、頑張ります。本当にひどいんです。誰に謝る訳でもないけれど、ごめんなさい。
 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい
 暑い夏といえば、井上陽水のこれ。

何のことだかわからないなこれじゃあ

 わが町の人口の半分ぐらいの人たちが「ここはあえて、各自100キロを走ってみようじゃありませんか」と申し合わせて全国からわが町に集結し、午前五時の号令を合図に一路南下する、というイベントがありまして、こんなブログ書いている場合じゃないのです。大会自体も私自身も、何事もなく無事終了することを祈念しています。ではまた。
 ところでレコーディングダイエッターにしてオタキング岡田斗司夫氏、リバウンドしちゃったんですね。いやはや、難しいものです。

iGoogleのかわりに自作ポータルサイトに移行したよ

 自分専用のホームページサービスとして重宝していた "iGoogle" が今年11月1日で終了しますとアナウンスされたのが去年のこと、ぼくもSafariのホームページはずっと iGoogle にしていたので、Googleによる死亡宣告にはちょっと困ってしまった。ぼくと同じように困っている方ももちろん多く、例えばまとめサイトNAVERにも既に「iGoogleがサービス終了、代替サービスまとめ」なんて記事がアップされている。ぼくもそんな記事に紹介されているサイト、たとえばフランスの "NetVibes""まとみ"なんかいじってみたりしたが、結局 iGoogle から乗り換えるまでには至らなかった。慣れの問題かも知れないけど。
 色々思案した結果、はたと思いついたアイデアがあった。そしてその結果がこれ。

 ハイ、Googleサイトを使ってポータルサイトを自作したんです。Googleなので、iGoogleで使われているガジェットがこちらでも(全部ではないかも知れないが)使えるのが素晴らしい。ご覧のとおりgmailgoogle news、検索窓とはてなブックマークだけのシンプル極まりないページなんだけど、とりあえず使えています。正直この程度のシンプルなもので十分だったりするのだ、あと出来ればGoogle calendarがきれいに表示されるガジェットがあればいうことない。googleのアカウントを持っている人なら、30分もあれば完成しますよ。