日曜日の食卓で

とりとめなのない話が書かれていると思います

井上ひさしが死んだ

http://www.asahi.com/obituaries/update/0411/TKY201004110009.html
 申し訳ないのだが、特別感慨が湧いてこなかった。
 ついに「吉里吉里人」を読み通せなかったわたしにとっての井上ひさし作品とは舞台作品ばかりである。札幌に住んでいた学生の頃に観たのを列記すると、劇団こまつ座の「頭痛肩こり樋口一葉」「イーハトーボの劇列車」「國語元年」「闇に咲く花」「人間合格」。そして地人会による「化粧」「薮原検校」の二本になる。もしかしたらやはりこまつ座の「きらめく星座」も観ているかも知れない。どれも当時加入していた札幌演劇鑑賞協会*1で観た。
 こまつ座の公演は常に一定以上のクオリティがあった(すごい事である)。何せあのすまけいが出演していたのだから、彼の舞台を観られただけでもうけものである。しかし好きな芝居となると圧倒的に地人会の二本、特に「薮原検校」が好きだった。盲の按摩師のピカレスク・ロマンでしかもとことん暗いお芝居だったが、わたしはこの「薮原検校」ではじめて井上ひさしの舞台に感銘を受けた。こまつ座の作品には、舞台も観客の生理も知り尽くした井上だからこその“手練れ感”があって、そのほどほどなところが、こまつ座の公演を軽んじさせていたと思う。その年のベスト5には入るけどトップにはなれない、そういう芝居だった。
 猫猫先生その他少なくない方が、ネット上で生前の井上ひさしの実生活について書いている。それを知ると、彼の舞台作品から感じられるヒューマニティーなど、元々井上にはなかったのではないか、と思えて来る。それでも才能のある劇作家だったのは間違いないと言っていい。少なくとも、ひねくれた小劇場演劇好きだった当時のわたしにさえ「こまつ座の公演ならはずれはない」と思わせたのだから並大抵ではない。記憶に残るのはホームランでも、本当に凄いのは常に二割八分打ち続ける打者なのだ。
 しかし何というかこの人は、いつまでたっても死なない人のひとりだと思っていた。

*1:こちらに過去の公演一覧があるのだが、当時の、いわゆる「観賞会」としてこのラインナップは今更ながら凄いと思う。その年を代表する舞台はほとんどカヴァーしているのではないか。